長靴日記1 2006/11/26
その日の朝、律子は屋根を叩く雨音で目覚めた。雨の日はいつもそうで目覚ましより早く目覚めるそういう習慣が身についてしまったようだ。床から半身を起こしてちらりと横をみた目線の先は畳だがそれも今朝までで今晩からは再び床を並べて寝ることが出来る。10日ぶりに夫が出張から帰ってくる嬉しさが屋根を叩く雨音で倍増され床から立ち上がった律子は簡単な洗面を済ますとショートパンツとTシャツに着替え家の奥にある3畳ほどの納戸ー夫婦共通の楽しみ事の収納ーへ入っていった。その部屋は互いの秘密を打ち明けあって二人同一の杞憂が一瞬にして驚きと喜びに変わった日の翌日から二人で買い求めたゴム長靴やコート、合羽がずらりと並び置いてある夫婦二人の秘密の部屋だが本当に二人の秘密部屋と思い込んでいるのは夫和政だけであった。律子は高校、短大時代からの学友で今も職場の同僚である津田和代がやはり夫婦共に同好の士であることと隣家の主婦一瀬真砂子がすくなくともゴム長好きの女性である事をしっており、ことに和代とはその事についても互いに周知した間柄であった。納戸の中に入った律子はゴム製品独特の匂いに包まれながら長短、色共にさまざまな10足以上のゴム長靴に目をやって今日は久しぶりにゴム長を浸水させた感触に浸ろうと思い一瞬短めのゴム長に手をのばしたが、それより出来る限り足にゴムの匂いを染み込ませて夫を喜ばす方が大事であると思い黒い膝丈の細身のゴム長に手を伸ばし更にゴム引きのフード付きレインコートを手に取ると玄関へ向かった。土間にゴム長を置き、コートを着てベルトを締めると露出した肌の部分にあのゴムの感触がたちまち広がってきたのを確かめると少し腰を丸めてゴム長を片方づつ両手で履き口をもって引き上げるように履き背筋を伸ばして傘を持つと玄関戸を開けて降り注ぐ雨の中に足を踏み出した。住宅地の奥の方へ数十メートルも進むと直に家並みは途切れその先は広い空き地が池のようになって広がっていた。裾が膝下まであるコートを着、膝丈までのゴム長を履き足の露出部分も全く無い律子は何の躊躇もすることなくその一歩から派手に水しぶきを上げながら大またで空き地を闊歩し始めた。